スバル・360 機械遺産

スバル・360とは

スバル360(Subaru 360 )、富士重工業(スバル)が開発した軽自動車である。
1958年から1970年までのべ12年間に渡り、約39万2,000台が生産され、 
2016年7月25日機械遺産に認定されました。

では、富士重工業(スバル)、スバル・360についてネット検索抜粋いたしました。

1946年 
富士重工業の前身で、旧・中島飛行機を前身とする富士産業は、群馬県太田市の呑竜工場と、東京都下の三鷹工場において、スクーター「ラビット」を生産

1947年 
群馬県の伊勢崎工場では、軽量なバスボディの製作で好成績を収め、
1949年 
アメリカ製のバスに倣った、フレームレスモノコック構造(応力外皮構造)のリアエンジンバスを、日本で初めて開発。 航空機メーカーとしてのエンジン技術や金属モノコック構造設計に関する素地があっての成功。

1950年 
GHQ指令による財閥解体で富士産業は計12社に分社、太田呑竜・三鷹の各工場は 富士工業に、伊勢崎工場は 富士自動車工業に改組される。

1952年 
スバル・360の開発以前に普通乗用車の開発に取り組み、モノコック構造を備えた。 先進的な1500cc・4ドアセダン「スバル1500」の試作にまでこぎ着けたが、採算面や市場競争力への不安から、富士重工業成立後の1955年に市販化計画を断念し、 開発は頓挫。スバル・1500の開発は、 技術陣にとっての多大なデザイン・スタディとなり、のちスバル・360開発にも大いに参考となった。

1953年 
これら12社のうち、東京富士産業、富士工業、富士自動車工業、大宮富士工業、宇都宮車両の5社が協同出資して「富士重工業」が設立

1955年 
のち出資した5社が 富士重工業に吸収合併されるという形で統合された。

1958年 
3月3日 昼12時 スバル・360が市販車両として公式にプレス発表。 会場は 東京都内の千代田区丸の内の内外ビルディングにあった富士重工業本社
スバル360-K111型 スバル360(Subaru 360 )は、富士重工業(スバル)が開発した軽自動車。
航空機開発の経験を先例として超軽量構造を採用、室内 初期形の車内は、これ以上ないというほどに簡素な車内で、軽量化とコストダウンのためにあらゆる無駄が省かれている。
限られたスペースで必要な居住性を確保するための斬新なアイデアを数多く導入。
量産型の軽自動車として 史上初めて大人4人の乗車を可能とするとともに、 当時の水準を超える走行性能を実現した。 

1958年から1970年までのべ12年間に渡り、約39万2,000台が生産    

1960年代
比較的廉価で、十分な実用性を備え、1960年代の日本において一般大衆に広く歓迎され 日本最初の「国民車(大衆車)」と考えられている。
同時に「マイカー」という言葉を誕生・定着させ、日本の自動車史のみならず戦後日本の歴史を語る上で欠かすことのできない「名車」と評価。

通称  フォルクスワーゲン・タイプのあだ名となっていた「かぶと虫」 
との対比 コンパクトにまとめられた軽快なデザインから、「てんとう虫」

生産中止後
1960年代を象徴するノスタルジーの対象として、日本の一般大衆から人気・知名度は高い。
生産終了後約50年近く経過、愛好者のクラブも結成されており、今も路上を走る姿を見ることができる。

2016年7月25日  
    機械遺産へ 日本機械学会によって スバル・360が「機械遺産」に認定。


2016 12 4 谷保天満宮 旧車祭 スバル360.jpg



キュートな まるい瞳 どこかでお会いしたような・・・
とても 穏やかな顔 ^^!!


今時のまるい瞳は ダイハツミラココア や miniかなぁ〜

さて寒い日々
風邪ひかないように

手あらい うがいで
元気にすごそう^^ kei
posted by kei at 18:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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