スワロー・サイドカー・カンパニージャガー♪

スワロー・サイドカー・カンパニー

何だろう・・?


1931 スワロー・サイドカー・カンパニー
(Swallow Sidecar Company)はウィリアム・ウォルムズレー(William Walmsley)が

英国ブラックプールでモーターサイクル・サイドカー製作のために1922年9月4日に設立。

ウィリアム・ライオンズ(William Lyons)は、
1921年、20歳の時にウォルムズレーと出会い、ウォルムズレーのサイドカー製作に魅せられていた。

ライオンズは、ウォルムズレーと仕事をするまではマンチェスターのクロスレー・モータース(Crossley Motors)で見習いとして働いていた。


1926年、会社は乗用車のコーチワークをおこなうようになり
スワロー・サイドカー・アンド・コーチビルディング・カンパニー(Swallow Sidecar and Coachbuilding Company)と社名を変更。

最初におこなったのは
タルボットのボディを彼らのボディで置き換える仕事だった。

これが評判となり自信をつけ、その後は主にオースチン 7、時にはフィアット、スタンダード、スイフトなどを手がけるようになる。

1927年、社名からサイドカーをはずし、
スワロー・コーチビルディング・カンパニー
(Swallow Coachbuilding Company)とした。

ビジネスが軌道に乗り、
依頼を受ける企業からもっと近くへ来るよう要請され、
1928年、英国自動車業界の中心地、コベントリーへ移転。
ウォルムズレーはこの機会に引退。

会社は成長をつづけ、1929年にはロンドンモーターショーに出展するだけの企業となっていた。

1930年には様々なシャーシにボディを乗せていたが、
1931年SS1を発表。

スタンダード自動車製の特製シャーシに架装したものだった。
これがきっかけとなり、
1934年、社名をSSカーズ・リミテッド(SS Cars Ltd)とし、


1945年にはついにジャガー(Jaguar Cars Ltd)となる。


その間の1935年に、
サイドカー生産はバーミンガム、アルビオン・ロードに
子会社を置きスワロー・コーチビルディング・カンパニー(1935)リミテッド(Swallow Coachbuilding Co. (1935) Ltd)としておこなうようになった。


1945年末、航空機メンテナンスサービス業のヘリウェルグループが、すでに操業を停止していたこのサイドカー生産子会社を買い取る。
ヘリウェルはウォルソール空港(Walsall Airport)の自社の作業場で、スワロー社がおこなっていた従来どおりのやり方で生産をつづけ、また、商標も同じものを使い、スワロー・ドレッティ(Swallow Doretti)として販売した。

この生産は1950年後半に終了している。




そっか・・




ジャガーと  スワロー・サイドカー・カンパニー は
繋がってたワケなんだね。



古い時代って  知らないことだらけだ ワ^^



 

いつも^^ありがとうー少し 

今月は
ん・・進歩したでしょ〜   ねぇ♪





いい日でねぇ〜〜〜〜っ!
kei

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