メルセデス・ベンツ (Mercedes-Benz)

メルセデス・ベンツ

ベンツマーク メルセデス・ベンツ (Mercedes-Benz) は、
ドイツ・アメリカの自動車会社、 ダイムラー・クライスラー(DaimlerChrysler AG) の一部門であり、
乗用車、バス、トラックのブランドである。


モータースポーツ

メルセデス 参戦年度:1954 - 1955  出走回数:12
コンストラクターズタイトル:0
ドライバーズタイトル   :2(1954、1955)

優勝回数:9 通算獲得ポイント:0 表彰台(3位以内)回数:17
ポールポジション:8 ファステストラップ:8

F1デビュー戦 :1954年フランスGP   初勝利 :1954年フランスGP
最終勝利   :1955年イタリアGP   最終戦 :1955年イタリアGP

第二次世界大戦前から メルセデス・ベンツの車両は
モータースポーツに盛んに登場していた。

1934年から1939年の第二次世界戦勃発まで、
メルセデス・ベンツとアウトウニオンのドイツ勢は、
ヨーロッパのモータースポーツ界を完全に席巻した。

メルセデス・ベンツチームは
偉大なレース監督アルフレート・ノイバウア(Alfred Neubauer)
(サインボードの発明者である)により、
まさに軍隊的規律の元でレースに臨み、結果を出しつづけたのである。

戦前のグランプリ・レース用主要マシンは
W25(1934年〜1936年)、W125(1937年)、W154(1938年・1939年)、W165(1939年)で、いずれもフロントエンジンながら、
時代の最先端を行く性能を有していた。

当時の主要ドライバーは、
ルドルフ・カラツィオラ
(Rudolf Caracciola 
1935年、1937年、1938年ヨーロッパチャンピオン)
マンフレート・フォン・ブラウヒッチュ
(Manfred von Brauchitsch)
ヘルマン・ラング
(Hermann Lang 1939年ヨーロッパチャンピオン)
ディック・シーマン
(Dick Seaman)シーマンのみ、英国出身 他は皆ドイツ人である。


1937年に登場したマシン
W125に到っては、 600馬力を超えるエンジンを持ち、
最高速度は現代のF1と遜色ない時速340Km以上に達していた。

W125はターボ・マシン登場以前の1970年代後半になるまで、
史上最強・最速のレーシング・カーであるとの伝説を保ち続けていた。


同年のアーヴス・レンネン
(アーヴスレース;フリー・フォーミュラ=制限なしで行われた)
ヘルマン・ラングが特製された流線型ボディのマシン
(同年のフォーミュラマシン・W125に流線型ボディを着せた車ではない)に乗り、時速260.7kmという
現代でも驚かされるような平均速度で優勝しているが、

クローズド・サーキットの記録としては
その後20年以上及ぶものはなく、オーバルを使用するインディ500において、優勝者の平均速度がこの記録を上回るのは

1972年
マーク・ダナヒュー(マクラーレン・オッフィー)の
平均時速261.08kmを待たねばならないほどである。

メルセデスとアウトウニオンは、
同年のアーヴス・レンネンの直線では、実に時速380kmを出していたと言われている。






>1937年に登場したマシンW125 時速260.7kmという
現代でも驚かされるような平均速度で優勝しているが・・・・


>史上最強・最速のレーシング・カー・・・・最高速度は現代のF1と

ですか 
考えて ?    そんな古き時代から 
    人は 日々進歩で 変化してきているのに


  スピードは・・同じなのねぇ
       何か古きもののスゴサを語っているわねぇ^^♪ 


時代の先輩に感謝〜〜w



晩秋 紅葉の美しい季節ですね^^ 旅はどちらへ

いい秋の日々を  kei

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